小説「カッターと私」


ちきちきちき、と手に持ったカッターの刃をスライドさせて伸ばしていく。
これで楽になれる、そう思い右手に持ったカッターの刃を左手の手首に押し当てる。

右手に思い切り力を込める。

「ふぅ…」
いったん力を抜いて、カッターの刃を離す。左手の手首には強く押し当てていたカッターの刃の跡が赤く残っている。ただ押し当てていただけなので、まだ切れてはいない。

そう、死ぬためには中途半端に切ってはいけない。手首深くにある動脈を切らなければ、死ぬことはできない。

もう、この世界に未練などない。どこにも自分の居場所がみつからない。誰も自分のことなど気にしてはいない。なんの価値もない自分など存在していなくても、社会は何事もなく動いていく。そう、無意味な生にしがみつくより、ここで全て断ち切ろう。

再び、手首にカッターの刃を当てる。今度は、刃を手首に水平ではなく斜めにして刃の角が手首に突き刺さるようにする。少しずつ力を込める。
「ぷつっ」と刃が手首に侵入して皮膚が裂ける。鋭い痛みが、全身に寒気を誘う。そして、その寒気が一瞬のうちに熱気となり精神が昂る。刃がわずかに刺さった状態。流れ出した血が手首に一筋の線を描く。

そう、後は力の限り刃を手首に突き立てればいい。激しい痛みの後に、大量の血が体から抜ける脱力感、意識が薄れ、そして死に至る。

これで、終わり。

「ざく」…、「ざく」…、「ざく」

刃を思い切り突き立てる。何度も何度も…。
「ぱきっ」とカッターの刃が根元から折れて、折れた刃が頬をかすめる。手で頬を拭うと思ったより多くの血がべったりと手の平についていた。

そして床には、無造作に引き裂かれた雑誌の切れ端が大量に散らばっていた…。

そう、たったひと突きすれば、この世界との繋がりを絶てたはずなのに、それができなかった。なぜできなかったのかはわからない。死を伴う痛みに恐怖したからだろうか?それともまだこんな世界にしがみつきたいのだろうか?

「ぽた…ぽた…」
涙が床に落ちる…。そこに頬からの血が混じって、床を赤く汚していく。死ねなかった自分。こんな世界で生きていかなければならない絶望。

生きることもできない。そして死ぬこともできない。これから先、自分はどうしていけばいいのだろうか…。刃が折れたカッターの柄を見つめながら、ただ泣くことしかできなかった。

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