小説 「鳥になりたい」

<注>
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以下の文章には一部猟奇的な表現が含まれます。そのような表現を受け付けない方はここから先を読まないことをおすすめします。また、以下の文章はフィクションです。
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鳥になりたい…。

どうすれば、あの鳥のように空を飛べるようになるんだろう…。
鳥になれれば、空も飛べるのに…。こんな現実からも逃げ出せられるのに…。

ダメだ…。ニンゲンは飛べるようにはできていない。地べたを這いつくばって、重力という鎖に押さえつけられながら、苦痛とともに生きていくしかない…。

なぜ私はニンゲンなんかに生まれてしまったのだろう?
もしどんな生き物に生まれるか選べるのなら、ニンゲンなんかは絶対に選ばないのに…。




「どうすればいいのかなぁ?」
私は悩んでいた。鳥のように空を飛ぶにはどうしたらいいのかを。
飛行機に乗れば簡単に飛べることくらいは分かる。でも、それじゃダメだ。そんな風に他を頼って空を飛んでも、どこにも行けない。自分の力で、そう自分自身の力だけで空を飛びたい。自分の望むままに自由にどこへも、どこまでも飛んで行きたい。

そう、私は毎日、そんな感じに空を飛ぶことを想い描いていた。
でも無理だ…。ニンゲンは飛ぶようにはできていない。

そんなことを唯一の友人、いつもこんなことを考えている私のことを心配してくれる「ゆき」は
「空なんか飛べなくても、私たちは自由になんでもできるよ。もっと自分の周りにはいろんなことがあるんだから、飛んでどこかに行きたいとかいわないで」
と言われた。彼女が心配してくれるのは分かる。でも、私はもうこんな希望も見出せない現実の世界で生きてなどいたくない…。


ある日、学校で飼育しているニワトリが3羽みんな死んでいるのが見つかって、学校中が大騒ぎになった。死んでいるニワトリの状態が異様だったため、マスコミも取材に来ていてちょっとしたニュースになった。
ニワトリは全身から血が抜かれた状態で死んでいた…。

犯人は…、殺ったのは私だ。

早朝、まだ日が上らない内に校舎に忍び込み、飼育小屋にいるニワトリを全部殺った。ポケットに入れてきたカッターで首を切って殺した。そういえば「ゆき」はこいつらのことを可愛がっていたなぁ、と思ったがいまさらどうでもいい。
血が欲しかった。
ニンゲンは飛ぶようにはできていない。なら、飛べるようになればいい。血を、鳥の血を体に入れれば、私の体は飛べるようになれる…。
あまりにも常識から外れている考えだってことくらいは、私はわかる。周りの人から見たら、狂っていると思われるだろう。当然だ。「ゆき」はこんな私を知ったらなんていうんだろう?と思ったが、もう後戻りはできない。
もう、どんなことをやっても空を飛ぶしか道はない…。

ニワトリは3羽いたが、騒がれるとやっかいだったので、3羽ともまとめて殺した。首にカッターを押し当てて思い切り引いた…。3羽まとめて血を抜くのはできなかったので、結構地面に血が流れていってしまった。もったいなかったが、まぁいい。

いま、この手にはペットボトルに入れたその血がある。今は昼休み。あの後、体に着いた羽を払い落とし、そのまま何食わぬ顔でみんなが登校するのを待った。なんか血の錆びた鉄のような臭いが体にまとわりついているような気がしたが、どうやら誰も気がついていないようだった。
昼休みで誰もいない屋上へと続く階段。さて、こうして苦労して手に入れた血を飲めば飛べる、そう思いどす黒くなった血をペットボトルに口を当てて一気に飲み込んだ。ものすごい吐き気に襲われたが、せっかくの血を吐き出すわけにはいかない。額からは脂汗、目からは涙、そして口からはよだれが流れ落ちたが、なんとか吐き出さないようにすべてを飲み込んだ。

これで、「飛べる」

きっと飛べる。私は飛べないニンゲン。でもこうして鳥の血を体中に巡らせたのだからきっと飛べるはず。
階段の先に足をかける。階段の一番したまでは2mくらいの高さはあるだろう。そのまま落ちればちょっとした怪我は避けられない。しかし、不思議と恐怖はなかった。血を飲み込んだ余韻が残っているからだろうか?思考が鈍化しているのがわかる。しかし、飛ぶなら今しかない。
私は思い切って階段の一番上から思い切って踏み切り、飛んだ…。

ぐがっ!

階段の途中に右足から落ちた。足首がありえない方向に曲がり、そのまま階段の一番したまで転げ落ちた。耐えがたい苦痛が右足を、全身を襲う。救いだったのは、転げ落ちるときに結構大きな音がしたのだが、誰も来なかったことだ。
約十分ほど苦痛により起き上がれなかったが、なんとか階段の手すりに体を預けるような形でなんとか立ち上がれた。足首は向きは普通に戻っていたが、赤くありえないほど腫れていた。

「くそ…」

飛べなかった。なぜだ?血を飲んだだけでは飛べないのか?
しょせん、満足に飛べないニワトリの血を飲んだだけでは飛べないということか…。

トイレで鏡をみたが、あれだけ派手に転んだわりに大して見た目で大きな怪我はなかった。右腕を動かそうとすると、肩に激痛が走るがなんとか耐えられるだろう。腫れ上がった右足の先は…。駄目だ、歩こうとして地面に付けると経験したことのない激痛が走る。一歩踏み出しただけで、意識が飛びそうになるくらい激痛が走る。
しかし、ここで立ち止まるわけにはいかない。まだ、私は鳥になっていないのだから。
私はなるべく普通通りに歩くようにして教室に戻った。額からは脂汗が滲んでいるのがわかったが、周りのクラスメイトは何も気がついていないようだった。普段から影が薄い自分だから当たり前か…。ただ、前の席に座っていた「ゆき」だけが午後の授業中に私の方を何度も振り返って様子を伺っていたのには、なぜか心が痛くなった…。


放課後、授業が終わったので、帰宅しようと下駄箱で靴をはく。右足はまだ大きく腫れ上がり激痛が走るが、家に帰るまでは耐えられるだろう。お風呂に入ったらしみるだろうなぁ、と思っていたら「ゆき」が走ってきた。
「ちょっと、大丈夫?なんか顔色がすごく悪いし、歩き方もおかしいし…」

あぁ、こんな私にも心配してくれるんだ。「ゆき」には余計な心配をかけて悪いことをしたな…。もう私なんかにかまわなくてもいいのに…。

「ねぇ、なにかあったのなら家に寄っていきなよ。すぐそばだし。ねぇ?私たち友達でしょ?なんでもいいから私に話してよ」

そんな「ゆき」の声に思考が止まる。あぁ、自分は取り返しがつかないところまで来てしまったんだなと思う。涙が止めどなくこぼれる。私はそのまま、心配してくれる「ゆき」の声にも答えることができず、無言のまま「ゆき」の家についていった。

そういえば、「ゆき」の家に上がるのは久ぶりだったな。
「ちょっとジュースを入れてくるから座ってて」
そういって「ゆき」は台所へ行った。ソファーに深く身を沈める。右足は脈を打つように鈍い痛みが走るが、ちょっとは楽になった。そして周囲を見渡す。そういえば、「ゆき」は最近ペットにインコを飼ったと言っていた。「餌を食べるときとってもかわいいの」と。

そして窓際にかけられた鳥籠の中に「それ」はいた。

この鳥はニワトリとは違う。

飛べる。

思考ははっきりとはしないが、ふらふらと立ち上がり鳥籠に手をかける。ふたを開けて、一気に「それ」を捕まえる。強く握ったためか、声は立てられないようだった。
そして、捕まえた「それ」をそのまま噛みちぎった…。

「ゆき」は何が起きたのか分からないようだった。お盆にジュースを二つ載せたまま、固まっていた。口を血まみれにして胸元に黄色の羽がまとわりついてる私を見つめながら。
「ゆき」の視点が私の手元をみる。そこには「それ」の半分が握られていた。握った手の隙間から足が見えていたから、私が何をしたのか「ゆき」には分かったのだろう。
しかし、その行動があまりにも異常だったため「ゆき」は口をぱくぱくさせたまま、なんの言葉も出せない様子だった。
私は立ち上がり、歩き出す。事情が飲み込めていない「ゆき」とすれ違いざま、私は

「ごめん…」

とだけ言って「ゆき」の家を後にした。
そして、そのまま私は学校に戻ってきて、いまは屋上にいる。もう「ゆき」には顔も向けられない。私はすべてを失った。
そして、鳥の血を、肉をこの身に入れた。
すべてを失い自由となった。そして、空も飛べる…。私は屋上のフェンスが腐って隙間が開いているところから、校舎の縁に立っていた。

ガタン

と屋上の扉が開く。誰か来たのか?と思い振り返ると、「ゆき」が立っていた。でも、「ゆき」は何も言わなかった、というよりこの現状、異常な私を見て何を言ったらいいのか分からないようだった。

「ゆき」が近づいてくる。ゆっくりと。

そして私は
「さようなら」
と言い、振り返り再び校庭側に体を向ける。

そう、私は「ゆき」を失い、すべてを失い、鳥になれた。やっと自由になれたのだ…。
そして迷いなく踏み出し、そして、落ちた…。


視界が真っ赤に染まる。意識が遠のく。校舎の上からは「ゆき」が身を乗り出して私のことを見ているのがわかった。きっと泣いているんだろうな。
意識がもう持たない…。結局、私は鳥にはなれなかった。最後の最後まで忌み嫌ったニンゲンのままだった…。

でも、最後に、そう一番最後に自由を得た。やっと現実から解き放たれ、

私は自由になれた

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